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やっさいほっさい

日本最古の戎社、堺市にある「石津太神社」へ「やっさいほっさい」を観に行ってきました。
ご祭神である蛭子命(ひるこのみこと・戎さん)が漂着の際、篝火を焚いて迎えたという古儀による火渡り神事です。
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108束の薪を積み、これを燃やし火渡りを行います。

お祭りは20時からですが、18時にはカメラマンが場所取りをしておりました。
自分もお祭りの情報をお聞きしながらキープ。
そして祭りの時に集まるカメラマンの多さよ!!場所取りが半端ではありまん。今まで行った中で一番の多さでした。通勤ラッシュの満員電車状態です。

まず19時から地元グループによるよさこい演舞が行われました。

20時になると本殿より御神火が運ばれ、薪に引火されます。
照明の灯りを落とされ真っ暗になった境内を御神火が進んでくるところがなかなかに雰囲気がありました。
…がカメラマンの壁が分厚くよく観ることはできません。
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あとけっこう熱いです。
熱風から顔やカメラを守るためにタオルが必要とありました。
今回はそこまでの熱さは感じませんでしたが、最前列はなかなかに過酷で、熱さ的には二列目以降のほうが一列目が防熱の壁になってくれて見やすいです。

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見学者と炎の間には、身体を真っ赤にしながら上半身裸の奉仕者の若者が神事を見守ってくれております。
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火祭りは初めてだったので、なかなかの迫力を感じました。
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ある程度薪が焼け崩れると、奉仕者の若者たちが長い竹竿をつかって、炭火をならしていきます。
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平らにならされた炭火の絨毯を前に、神職さんが九字切りを行います。
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やっさいほっさい祭りの主役、戎さんに仮装した神人が担がれ、三度の火渡りを行ったあと、社殿の周囲を三周します。あっちゅーまの出来事です。
そのあと、待ちかねたように奉仕者の方々、さらに一般の参拝者の方々が火渡りを始めます。時節炎が高々とまきあがり、日常ではありえないような光景が目前で繰り広げられます。もはや事件です(笑)
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魔女狩り裁判ではありません(^^;)
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我が子を抱えあげたまま火渡り。子どももビックリだと思います。
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お姉さんも火渡り。いやはやおもしろい。非日常は祭りの醍醐味のひとつですね。
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大勢の方がどんどん赤く熱を蓄えた絨毯の上を走りぬけていきます。そして周囲ではそれを撮ろうとカメラマンのおしくらまんじゅう。ほんともみくちゃで、ショックながらその押しあいへし合いの中で、カメラのフードを紛失してしまいました。
落し物も多く、燃え後から溶けた携帯電話が出てくることもあるそうです。
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一応神社で火傷の応急手当はしてくれるようですが、ほんと写真で振り返るとさらにえらいことになっていたなと。
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一般の方の火渡りも比較的短時間で終了いたします。途中レンズ交換をしようと思っていたけれども、人ごみの多さではそれも難しかったです。距離的には50mmくらいがちょうどいい感じでした。
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ある程度時間が経つと、ホースから放水されて熱が冷まされますが、その中を大勢の人が渡られます。自分も渡りましたが足の裏からまだ熱を感じることができました。

みなさん燃えた後の炭を厄除け?に持って帰られます。
これは祇園祭りのお迎え提灯などでも同じですね。

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初めてのお祭りでしたので、御朱印もいただいてきました。
神社にはめずらしく、なかなかたくましい御朱印を書いていただきました。





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by senbei551 | 2013-12-16 02:52 | ◆大阪の祭り | Comments(2)

ねんねこ祭り

「ねんねこ祭り」の本宮当日、早朝5時に木葉神社へ向かいました。
満天の星空の下、少し肌寒い夜道を暗闇の中から聴覚だけにうったえてくる波の存在を感じながら神社へと向かうのは悪くない気分でした…が、はやり眠い!一時間も眠れませんでした(^^;)しかも朝ごはん抜きです。

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祭りの大きな見どころと言える「朝日遥拝神事」が始まるのは朝の6時。地元「ZTV」の取材の方以外は地元の方のみでしたが、祭りが始まるころには人であふれかえるとのこと。
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かつては、神功皇后が応神天皇を御出産された故実により旧暦霜月「卯」の日、「卯」の刻に行われていたそうですが、現在は12月第一日曜日ご催行となっております。
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朝日遥拝神事の主役とも言える「御飯持」。15歳以下の女児。振袖に花かんざし、黒の手甲、白足袋、草履、頭に藁の円座という独特のいでたちです。
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娘が大役を務めるにあたりお母様もどういった御心境なのでしょう。
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祭り奉仕者のみなさんが続々と集まってこられます。
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六時になるとお祓いを受け、いよいよ朝日遥拝に向け行列が出発いたします。
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「露払い」が榊の葉で潮水をうち、一行の道中を清めます。
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行列は以下の順に歩みを進めます。
「先馳(練り?)」高い竹竿の先に花傘をつける。
「警護」消防団がうけもつ。列には加わらない。
「高張」竿に三段の横木をつけ、提灯を多数吊るす。
「露払い」桶に潮を汲み、道中榊の葉で清める。
「御飯持」上記のとおり。
「大幣」大きな御幣を持つ。
「斉王」右手に笏、左手に鈴を持ち、獅子屋台の太鼓の囃子に合わせて鈴を振り、御飯持の一歩を促す。
「御幣差し」御幣を持ち、歳のいったものから順に6名が並ぶ。
「巫女」浦安の舞を奉納。
「獅子囃子」お囃子を奏で行列の殿を務める。
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御飯持は頭上に櫃桶を持ち、桶の中にはお供えをする餅、蜜柑、赤飯、榊が入っております。
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朝日遥拝を行う場所まで境内を半周程度するだけですが、一歩進むのに1分~2分程度時間をかけるため、到着するまでには一時間程度かかります。それでも、かつでは練りの道のりはもっと長く3時ごろから行われていたようです。
神功皇后が応神天皇をお腹に宿したまま戦におもむき、その帰路の遠い道のりを表すためにゆっくりとした歩みで進むそうです。
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文章だけで想像していると、静かな中しずしずと行われる祭りのようですが、獅子囃子の踊りだしたくなるようなリズムの中行われているため、どこか心の奥底をくすぐられるような、原始的と言いましょうか、シャーマニズムのようなものを感じてしまうところが実に魅力的なのです。最後にYOUTUBEにアップされていた動画を掲載しておきますので、合わせてご覧ください。
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12月の肌寒い朝、手を温めてもらいながら一歩一歩進んでいきます。
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行列の末尾。御飯持の子が疲れてしまった場合、交代することがあるようで、最後尾のかわいらしい子はその役目なのかな?
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一度鳥居をくぐって境内の外に出るのですが、その頃にはずいぶんと明るくなっており、行列を取り囲む…というよりも撮り囲む人の数もこのようなことになっております。
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7時15分ごろ、行列が朝日遥拝を行う場所に到着いたします。「遥かに東天を拝み奉る」ちょうどそのころ顔をだす朝日に向かい祭文が読み上げられ、一同二度の礼拝をおこないます。

行列は裏道より本殿前の神庭に入り、「本殿大前の儀」が執り行われます。
かつては全員履物をぬぎ、足袋はだしで神庭へ上がっていたようです。また敷き詰められた丸石は氏子が分担して海岸から集め毎年取り替えるとのことですが、現在でも行われているのかはわかりません。時勢的には難しいのではないかと思うのですが。
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篠竹三篠を束にしたものを使い、大幣が湯立てた潮水を使い修祓と同じようにお払いをします。
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子ども巫女による「浦安の舞」の奉納。平成元年から奉納されるようになったそうです。
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よくお祭りでみかける年上の子が小さな子の面倒を見てあげる様子が好きです。ほっこりします。

続いて8時ごろより拝殿にて「子守の神事」が行われます。

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「お弓神事」。「タンタニノ(地名) タノクルデ(田のあぜ道で) ウズラ(鳥名)イテ(弓で射て) ハンネクロー(跳苦しむ)」の祭文を読み上げ、五穀豊穣を願い、白米を入れた一升枡の上に折紙のウズラを乗せ、これを弓で射る所作を行います。

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「みかん問答」。広げたゴザの上にみかんとこうじを並べ、「みかんを食おうか」「こうじ(みかんの原種)を食おうか」「酒を飲もうか」と斉王と童子が問答を三度繰り返しながらゴザを巻き取る所作を行います。みかんとこうじを使うことから豊作を祈願する意味合いがあると考えられています。

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「子守神事」。「ねんねこ祭り」の語源にもなった神事。こざ(昔の布団)、まくら、おちち(円錐城の布に白米をいれたもの)を肩にかつぎ、「ね~んねこ~ね~んねこ~お~ろろんよ~」と子守唄を唄いながら歩く所作を行います。

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「まくら」。神功皇后の下駄の片方という説もあり、もう片方があるとされる四国でも同じような祭事が行われているとかいないとか。
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「おちち」。ギャラリーからおひねりも飛んでくることがありますが、それ以上にヤジがとんできて見ているものを笑わせてくれる、心温まるほっこりとした神事です。

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二回目の子ども巫女舞が奉納され、拝殿での神事は終了となります。
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お初穂が配られます。神棚にお供えするとよいようです。僕も一束いただいてきました。

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神事が終わり、境内では記念撮影をする人、出店を楽しむ子…とほっこりした時間が流れます。
…が、僕はここですっかり電池が切れてしまい、最終境内で寝てしまいました(苦笑) さすがにほとんど寝ず、御飯も食べずでは疲れきってしまいました。お祭りが終わってから思い出したように出店で鯛焼きを買ってむさぼりました。
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お菓子撒きや、お餅撒きが行われていたこともあるようです。
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今年は献茶が行われておりました。
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こちらでは昨晩と同じく獅子舞の奉納が行われております。
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天狗さん。昨日より大勢のギャラリーの中見事に演じきっておりました。おひねりもたくさん飛んでいました(^^
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最後に区長さんがあいさつをして、みんなで万歳三唱をしてお開きとなります。終了するのは11時ごろでしょうか。正午頃には出店も撤収され、静かな空間を取り戻すとともに来年の祭りに向けて時が刻まれていきます。
このようにして数百年「かわらないものがある」という言葉通りに受け継がれてきたお祭り。地域社会の有りようが変わりゆく中で、地域を表す祭りを変わらず続けていくということは非常に困難なことだと思いますが、ぜひ今後数百年も変わらず受け継がれていってほしいと思います。
ちょっと遠いけれども、僕もまた足を運びたいと思いました。

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御朱印もいただいてきました。御朱印を書いてもらっていると、子どもたちが「なにそれ?」と神主さんのところへ寄ってきます。お祭りも神社も地元の人たちにとても愛されているんだな~と感じました。

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いただいた御朱印。同じお祭りへ行くことが多く新しい御朱印がなかなかもらえなかったので、ひさしぶりでうれしいです。

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近くの中学校で野菜の品評会と、子どもたちの作品展を見た後、新宮へと向かいました。


YOUTUBEにあった「ねんねこ祭り」の動画です(2011年)









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by senbei551 | 2013-12-01 23:17 | ◆和歌山の祭り | Comments(2)

時々写真を撮りにいきます。主に祭りと子ども。自分も供奴として住吉大社で祭りにご奉仕させていただいております。


by senbei551