静原神社「春の祭礼」その1

京都市左京区北部、山間の小さな集落「静原」にある静原神社へ「春の祭礼」を観に行って来ました。
集落の人にもたびたび「どこでこのお祭りのこと知ったの?」と聞かれたのですが、和歌山で「どんじ祭り」を見たあと、祭り好きの方に静原で同じようなものがあるよ。と教えていただいたのがきっかけでした。滋賀にも「御膳持ち」という祭事がありますし、同じような風習が広く行われていたのかも知れません。

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「御幸(みゆき)持ち」と言って、地元の女の子たちが神様への供物を頭上に戴き「静原神社」「天皇社」「若宮神社」と集落を練り歩きます。

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京都からバスで向かうと集落の入り口にる「天皇社」。「下の神社」と人々からは親しまれている社前にあるバス停の名前は「御旅町」。神輿も「静原神社」とこの「天皇社」を巡ります。御旅所のような意味合いがあるのでしょうか?

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子供の日に先立ち、静原の空を立派な鯉のぼりが気持ちよさそうに泳いでおりました。

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石垣が多く見られる静原の辻々には清めの意味があるのでしょうか、榊がそっと立てられておりました。こういう風習って惹かれます。

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静原神社の境内はゆったりと広く、立派な御神木が天高くまっすぐに伸びており、心地よい印象です。天武天皇が逆徒に襲われた際、この地で心身を静められたそうで、それ以降「静原」と呼ばれるようになったのだとか。

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下賀茂神社と縁の深い「静原神社」では「ふたば葵」の紋を見ることができます。氏子は「御蔭祭」や「葵祭」の祭列に参加している他、かつては葵祭に使われる「ふたば葵」も静原に自生するものが使われていたのだとか。一時途絶えたが現在は境内や裏山に植栽が行われ、葵祭にも献上されていると聞きます。

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境内では、氏子の方々が談笑を交えながら祭りの準備に務められておりました。地元の方とお話するのは好きなのですが、初めて行くお祭りでは緊張する瞬間でもあります。他所ものの自分ですが、静原の方々はみな親切にお相手してくださいました。ありがとうございます。

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境内で太鼓が叩かれると、それを聞きつけた子どもたちがわらわらと集まってきました。祭り中太鼓が打ち鳴らされるのですが、この子まだ小さいのにめちゃくちゃ上手でした。学校でも太鼓を教える時間があるのだとか。

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神社横の集会所で「御神饌」を見せていただきました。鶴、亀と結(蛇とも聞いたのですが)などの他、コムスビやブト(餃子のもとになったとも聞きました)と呼ばれる独特の御神饌です。下鴨神社でも同じものがお供えされているそうです。

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10時頃に御幸持ちの子らが集まると聞いたので、それまで集落をうろうろ。子どもたちも元気で、みんなあいさつも返してくれるのどかで素敵な場所です。

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歩いていると時々軒先に丸い奇妙なものを掲げた御宅をお見かけしました。御幸持ちの子どもたちが供物を頭上に載せる時に使うもので、御幸持ちを出したお家では一年を通して掲げられるそうです。祭りが終わってからは自分が使ったものを掲げるのだとか。
大阪でも「どんじ祭り」という祭りがあり女の子が同じような「サンドラ」と呼ばれるものを頭上に載せているのですが、ひょっとしたら昔は同じように供物を載せていたのではないかな?と思います。

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時間が近づくと、祭礼姿の人々がパラパラと集会所に集まって来られました。

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御幸持ちの子ども、ご家族もやって来られました。

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10時半ごろだったでしょうか。今年参加する御幸持ちの子どもたち3人が揃うと、午前の「御幸持ち」が始まりました。まずは静原神社への参拝です。

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中央、右、左の順番で二礼二拍手一礼が行われます。静原神社、天皇社では三カ所に向かってお参りが行われましたが、若宮さんでは正面のみでした。意味合いが気になるところではあります。次行った時にでもお伺いしてみたいです。

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ご本殿の前で記念撮影。

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供物を戴き、天皇社に向けて出発です。

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御幸持ちを交代しながら進んでいきます。御幸の中身は、あまり人に話すものじゃないとのことで謎です。

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代々このようにして受け継がれてきたのでしょう。お伺いした人のお家では、娘、母、祖母と少なくとも三代に渡って御幸持ちを務め、同じ着物に袖を通しているとのことです。

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御幸持ちは、五年生の女子がその任にあたるとのことです(四年生とも聞きました)。いない場合は、六年生が務めるそうで、今年は三人とも六年生とのこと。御幸持ちは、春・秋・冬と三度あるそうです。

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小学校も全校生徒が20名ちょっととのことで、少子化でどこのお祭りも苦労をされております。御幸持ちを見守る小さな女の子を連れたお父さんが「大きくなったらするのだから、しっかり見ておかないとね」と子どもに言い聞かせていたのが印象に残っております。

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午前中の「御幸持ち」はゆったり静かに行われます。

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静粛にということはなく、談笑など交えながらご家族の方といっしょにのどかに歩いていかれます。

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天皇社にてお参り。

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山間の自然多い集落の中をのどかに進んで行きます。

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集落には田が多く、田植えに向けてはられた水の中から顔を出したカエルが行列を見送りながら、控えめに歌の練習を行っておりました。

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静原の集落には土蔵などもまだ多く残されております。かつては屋根も藁ぶきであったそうです。

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子供の守り神でもあるという「若宮神社」へお参り。去年までうっそうとした雑木林の中にひっそりとたたずんでいたそうですが、木が切り取られ、すっかり変わった姿に。

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集会所へ戻って、午前の「御幸持ち」は終了となります。終了したのが11時半だったので、ちょうど1時間程度の道のりとなります。

午後からは同じく「御幸持ち」のほか「神輿」「太鼓」「子供神輿」などが並ぶ、静原で一番賑わう祭りが行われます。

午後の祭礼まで二時間あったので(笑)インターネットで見つけた「静原里あるきマップ」なるものを片手に「死者の渡れない橋」「武士の隠れ穴」「いろは明神」などを見て回ったが、なにもないか、フェンスで入れなくなっているか、とても行けそうにない場所にある状態で、観光マップに載っていながら見れない状態を楽しんでしまった自分は変わり者でしょうか(笑)

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歩いていた人に聞くと、この奥に武士の隠れ穴がある様子だが、入る物を拒む雰囲気にスズメバチの飛来。話を聞いた人も「ここ前刺されて死にかけた」と見せてくれるし(笑)諦めました。静原川をはさんで反対の山の頂上に静原城があったそうで(城跡が残っています)、嘘か本当か城が襲われた際、隠れ穴までロープを張って殿さまが滑り降りて来たという話が残っているそうです(^^)

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偶然話しかけた人が、カフェをされている方の関係者で、ちょうどコンサートが行われるらしく大勢の人が集まっていました。ピザが焼けそうな窯があったり、木の上の家があったり、素敵空間でした。似顔絵展もされていて、あたたかな愛情あふれる絵で思いがけずいいものを見せていただくことができました。(→cafe millet






by senbei551 | 2015-05-03 12:30 | ◆京都の祭り | Comments(0)

時々写真を撮りにいきます。主に祭りと子ども。自分も供奴として住吉大社で祭りにご奉仕させていただいております。


by senbei551